「顧客図面はNDAの対象だから、加工実績をWebに載せられない」——そう考えてWeb発信が会社案内止まりになっている受託加工業の経営者・営業責任者へ。守秘義務に触れずに設計サーバーの過去図面を「対応可能スペック一覧」へ変換する手順を、公開可否チェックリスト付きで説明します。
なぜ受託加工業のWeb発信は会社案内止まりになるのか?
受託加工業でWeb発信が進まない大きな要因のひとつは、案件情報の多くがNDA(秘密保持契約)の下で受領した顧客図面に紐づいていることです。図面をそのまま事例掲載できない以上、書ける題材が会社概要と設備一覧しか残らないのです。
実際、精密部品加工の現場でも、NDA締結後に図面提出・見積へ進む流れが一般的だと案内する加工メーカーがあります出典: NDA(機密保持契約)を結んでからの、図面提出・見積依頼は可能でしょうか? | 精密・微細部品 射出成形技術ナビ。NDAとは、自社の秘密情報を他社に開示する際にその秘密保持を約束させる契約で、情報開示の前に締結するのが一般的です出典: 秘密保持契約というのはどういうものか教えてください。 | J-Net21。つまり顧客図面は「開示前から守秘を約束した情報」であり、掲載NGの判断自体は正しいのです。問題は、その判断が自社起点の情報まで封じる思い込みに拡大していることです。
NDA対象の図面と、公開してよい情報の線引きはどこか?
線引きの基準は「その情報の出所が顧客か、自社か」です。顧客から開示された図面・仕様はNDAの対象ですが、自社の設備スペック・対応材質・加工限界値は自社起点の情報であり、NDAが守秘を求める「相手から開示された情報」には含まれません。
不正競争防止法第2条第6項は、営業秘密を「①秘密として管理されている、②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、③公然と知られていないもの」と定義しています出典: 不正競争防止法における営業秘密の保護と情報の管理(経済産業省知的財産政策室)。NDAの下で受領した顧客図面は、通常この3要件を満たす営業秘密に該当し得るため、公開は顧客の権利を害するおそれがあります。
では匿名化すれば公開できるのか。同資料は、公知情報の組合せであってもその容易性やコストに鑑みて非公知性が認められ得ると解説しています出典: 不正競争防止法における営業秘密の保護と情報の管理。社名を消しても形状や用途から顧客・製品を推測できる図面は公開すべきではなく、安全なのは個別図面ではなく「多数の図面から集計した自社の対応レンジ」だけを公開する方法です。
| 情報の種類 | 出所 | 公開可否の目安 |
|---|---|---|
| 顧客図面・形状・用途 | 顧客(NDA対象) | 匿名化しても原則NG |
| 図面群から集計した材質・寸法・公差の対応レンジ | 自社(集計結果) | 顧客が特定されない粒度なら可 |
| 設備スペック・対応材質・加工限界値 | 自社 | 可(自社の営業秘密は除く) |
公開前の判断は次のチェックリストで行ってください。
図面由来コンテンツ公開前チェックリスト(印刷して回覧可)
- 顧客名・図番・品名・ロゴをすべて除去したか
- 形状・用途から顧客や最終製品を推測できないか(集計値のみか)
- 記載内容はNDAで受領した情報ではなく、自社起点の情報か
- 自社の核心ノウハウ(加工条件・治具設計など)を含んでいないか
- 該当顧客との契約書に「取引事実の公表」を制限する条項がないか
過去図面からスペック情報だけをAIで抽出する手順は?
手順は「収集→マスキング→AI抽出→集計→人間の確定」の5工程です。ポイントは、顧客情報を消すマスキングをAIに渡す前に行うことと、AIの出力をそのまま公開せず、前章のチェックリストで人間が確定することです。
抽出技術は実用段階です。学術研究では視覚言語モデルのファインチューニングによる図面情報の自動抽出が進み、GD&T(幾何公差。部品の品質と機能を保証するための許容変動を定義する情報)が中核の抽出対象です出典: Fine-Tuning Vision-Language Model for Automated Engineering Drawing Information Extraction。商用サービスのWerk24は、寸法・公差・GD&T・ねじ・表面性状・材質をISO/ASME規格横断で95%以上の精度で抽出できるとし出典: AI Feature Extraction for Technical Drawings | Werk24、国内でも図番・品名・材質・寸法値などの文字情報をAIが読み取りテキスト検索可能にするAI図面検索が紹介されています出典: AI図面検索とは?(山善 ものづくり研究所)。
先に行うべきはマスキングです。IPAのガイドラインは、秘密保持契約を締結した情報がプロンプトに含まれると機密情報が漏洩するリスクを指摘しています出典: テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン(IPA, 2024年7月)。表題欄(図番・顧客名・承認者)を塗りつぶし、図形と寸法情報だけをAIに渡します。
役割分担はこう固定します。材質・寸法・公差の候補値を図面から読み取る「生成」はLLM(視覚言語モデル)に任せ、その値を公開スペック一覧に載せるかどうかの「確定」は、チェックリストと加工限界値の閾値ルール(例: 実績の最小・最大レンジ内か)で人間が判定する。守秘判断をAI任せにしないための境界線です。

図面PDFを外部AIに読ませても秘密保持上問題ないか?
個人向けChatGPTに初期設定のまま図面を読ませるのはNGです。法人向けAPIや学習に使わない契約形態を選び、それでもマスキングを先行させる、が結論です。
個人向けChatGPTを初期設定のまま使うと、入力した会話データがAIモデルのトレーニングに使用される可能性があり出典: ChatGPTに学習させない設定方法(リコー 働き方改革ラボ)、学習させないオプトアウト設定をしても悪用監視の目的で最大30日間はOpenAIのサーバーに保持されます出典: 同上。
一方、法人利用を想定した提供形態では扱いが異なります。
| 利用形態 | 入力データの学習利用 |
|---|---|
| 個人向けChatGPT(初期設定) | トレーニングに使用される可能性がある |
| OpenAI API | 2023年3月1日以降、明示的なオプトインがない限り学習に使用されない出典: Data controls in the OpenAI platform |
| Anthropic(商用利用規約) | サービス経由の顧客コンテンツをモデル学習に使用しない出典: Commercial Terms of Service - Anthropic |
| Azure OpenAI | モデルはステートレスで、プロンプトと生成結果はベースモデルの学習・再学習・改善に使用されない[出典: Data, privacy, and security for Foundry Models |
契約面で守られていても、「顧客を特定できる情報は最初から外部に出さない」マスキング先行の原則はどのサービスでも変わりません。



